子宮脱

 雨が降り出す前に、牧草の肥料を撒き終えたかった。いくつかの段取りを打ち合わせしたあと、俺はトラクターで草地に行った。
 風が強く、ブロードキャスターから振り撒かれる肥料は、いっそうムラムラな撒き方になってしまったような気がする。とりあえず、全部撒き終えた。
 
 帰ってみたら、アヤが一次破水したという報告を受けた。ほぼ予定通りだから、大丈夫かな? 
 安福165の9を父に持つアヤは、BSEが発生したとき、相場が暴落したのに、全く安くならなかった名血なのだ。牛より人が好きで、いつも俺の後ろに突いてきていた甘えん坊だった。歳を取ったけど、相変わらず可愛い牛なのだ。
 昼飯前に、直腸から触診してみたら、前足と頭が確認できたから、無理に引っ張り出すことをせずに、もうしばらく頑張らせようと思った。
 午後から牛舎に行って、アヤを見てみたら、まだ全然進んでいなかった。慌てて内診したら、前足らしきものはあるのに、頭が無くなっている。
「?」
 押し戻してみたけど、よく解らない。急いで引っ張り出してみた。すると、逆子が仰向け状態で出てきた。途中から、前足だと信じていたのは、仰向けになった後ろ足だったのだ。可哀想だけど、子牛は死んでいた。心臓マッサージや、人工呼吸をしたけど、蘇生しなかった。
 午前中触ったときは、頭とか口とかあったのに・・・。捻転したのかな?
 そう思っていたら、アヤの陰部から、子宮が出てきた。子宮脱だ。
 すぐに、彼女に砂糖を買いに走らせ、俺は子宮が汚れないように紙袋を敷いて、汚れを洗い流す。
 商店は、一軒は売り切れで、一軒は閉まっていた。家の砂糖を全部と、売れ残っていたザラメを買ってもらうように頼み、K君にも砂糖調達のお願いをした。
 結果的には、閉まっていた商店が開き、白砂糖を買うことが出来たが、K君も三温糖を借りてきた。
 白砂糖を子宮にまぶし、出てきた粘液と共に汚れを落とし、立たせた状態で子宮を押し戻した。すぐに出てくるので、一升瓶を洗って持ってきてもらい、それで押し込んだ。
 たいていは、押し込むことも出来ずに、間もなく死んでしまうのが子宮脱だ。押し込むことが出来たのは、一段階前に進んだ。
 問題は、再び出て来ないような措置だ。アヤは、ふらふらでほとんど立っていられない。寝ると、腹圧が上がって、まだ出てきそうになる。
 
 8年くらい前かな? 子宮脱になったさちこを、獣医さんと二人がかりで治療したときは、砂糖を使わず一升瓶だけで押し戻した。そして、ビニールチューブを糸代わりにして、陰部を縫った。糸だと、圧力に負けて、肉が切れてしまうのだ。
 あのときは、自作のスタンチョン着き枠場があり、牛を吊り下げられる梁もあった。さちこは、その後毎年年一産よりいいペースで子牛を産み続けることが出来ていた。
 
 ここには、スタンチョン着き枠場も、子牛を吊り下げやすい梁も無い。獣医さんも居ない。でも、何とか救いたい!
 村の獣医さんに相談したら、鼻輪で留めたらどうだろうということだった。
 縫うより簡単である。
 麻酔を静脈注射して、四カ所で留めた。その後、獣医さんの指示で、点滴一リットルに、ダイメトン100ccまぜてした。
 帰り際に見たが、留めた鼻輪の隙間から、たぶん剥離した胎盤がはみ出していた。俺には、この胎盤らしきものを一度排出してから、もう一度留めるべきなのかどうか、判断できなかった。何とか助かって欲しいが・・・。