ゆきえ

 子牛が生まれそうなとき、鹿児島に上がるのはすごく気が重い。出産は、繁殖農家にとっては一番大切な日で、ここで失敗したらそれまでの努力は無駄になってしまう。出産事故を無くすために、牛温恵という出産監視システムも導入したのだが、鹿児島に上がった夜に段取り通報メールが届いていた。俺の留守中に、ゆきえが出産するという知らせだ。
 お産をするからと言って、必ず助産しなければならないわけでは無い。多くの母牛は、自力で出産できる。ゆきえがそうであって欲しいと願いつつ、鹿児島でジリジリしていた。
 昨夜十時頃、駆けつけ通報メールが来た。留守を守るYumiには気の毒だけど、12時頃までにはカタがつくと思っていた。ところが、お産はいっこうに進まず、彼女は一時帰宅して、仮眠を取ってしまった。
 もし子供が生まれていても、母牛を捕まえられないから、へその緒の消毒も出来ないとか・・・。無理をさせて怪我をされたらいけないので、俺が帰ってから世話をすれば良いかなって思っていた。
 
 夜が明けて、満を持してメールしたら、子供がいないって・・・! これだけ時間が経っていたら、産まれているか、難産で死んでいるはずだ。探してみても、どこにも子牛はおらず、牛舎の周辺を探しても見つからないとか・・・。お腹はへこんでおらず、出た気配が無い! 難産で、中で引っかかって出てこられなかったみたいだ。一時破水してから半日が経とうとしていた。まだお腹の中にいるなら、もう死んでいるだろう。俺が帰ってから、自分で引っ張り出すしか無い。

 
 港で、茂吉に会った。今日から三日間、島で展示会に出品する写真を撮るらしい。
 俺は、カヌー講習会に来た講師の方と、カヌー談義に花を咲かせて楽しかった。
 
 島に着いたら、まっすぐ牛舎に向かい、ゆきえを枠場に繋いだ。子牛は、まだお腹の中だった。一時破水してから14時間が経っており、二時破水も終わっていた。こういう時、俺は期待しない習性がある。無駄に希望を膨らませて、強い悲しみに浸るのが嫌いなのだ。
 これからする作業に気が重くなりながら、産科チェーンや滑車の準備をした。子牛は、正常位だった。前足に産科チェーンをかけようとしたら、その前足が動いた! なんと、まだ生きていた! 急いで両足にチェーンをかけて、滑車で慎重に引っ張り出した。足首が細いから雌かと思ったら、大きな雄子牛だった。逆さ釣りしようとしたが、重くて上がらない! 羊水を飲んでいたので、しばらく足を持ち上げて吐かせた。
 猫車に乗せて、牛舎に運ぶ。ゆきえを部屋に戻したら、一生懸命体をなめた。これなら、大丈夫だ。ゆきえは、へその緒消毒も、人工初乳を飲ませるのも、繋がないでさせてくれた。
 子牛は、雪絵次郎(華春福産子)。
 
 カヌー講習会は、忙しくて出られなかった。