ホオジロザメ

 今日はとても暑かったし、台風が来ているからもうすぐ海に入れなくなる。夏の締めくくりに、もう一度平瀬に行きたかった。K君を誘って、三人でカヌーに乗り、坂本温泉から出かけた。海はまだ静かで、あっちこっちで息継ぎに上がる海亀が見られた。湖のように、穏やかな海だった。でも、所々で、魚が水面近くに集まり、沸き立っているように見えた。
 カヌーを漕いで片道30分ほどで、平瀬に着いた。平瀬周辺は潮流が速く、瀬の北側広い範囲で、魚が沸き立っているのが見えた。
「サメがいるかもしれない!」
 何となく、そう思った。平瀬に上陸し、素潜りの準備をしてから、俺は早速魚が沸いているところに向かった。
 水が濁って見えるのは、プランクトンとそれを食べるキビナゴがびっしりと泳いでいるからだった。
 カンパチやギンガメアジなどの回遊魚が欲しかった俺は、速い潮流の中に入り、ギンガメアジを一尾仕留めた。でも、何となく不安な気持ちになり、それ以上そちらに行こうとせず、流れの少ない岩陰の方から回った。こんな時の不安な気持ちを、俺は無視しないようにしている。いつも以上に、岩の側を離れず、周囲に目を配った。俺は、無謀で怖い物知らずと思われていることが多いのだけど、いつもサメが来ることを恐れているから、岩から離れないようにして泳いでいるのだ。
 Yumiは、黙っていると広いところに泳いで行ってしまうので、岩や俺から離れないように注意してある。K君は、岩の隙間のメジナを狙っていた。
 流れのキツイポイントに来たら、いつもよりはるかに多い大型のメジナが、流れに逆らって泳いでいた。そこを遡行して、岩陰のたるみに入り、海底を見ると、大型のハタがいた。
 早速潜っていって、ゆっくり追いかけ、侵入者を確認しようと横を向いた瞬間を狙って、銛を打ち込んだ。ハタは抵抗し、俺はなかなか浮上することが出来ず、一度息継ぎをするために、銛を放さなければならなかった。約10mの海底まで潜り、銛を捕まえて、再浮上! 苦しい! 強い流れに翻弄されながら、いつもの習慣で、エラを取って血抜きをしてしまった。
「サメがいたら、やばいかも・・・?」
 そんな考えが頭をよぎった。獲物が重すぎて、腰に着けた状態で潜るのは困難だった。食べる量としては、充分だったのだけど、視界の中に大きなフエフキダイの群れが見えた。Yumiに獲物を渡して、銛だけを持って潜っていった途端、これまでに見たことの無い巨大なサメが、俺の頭上に迫った。
 サメは、多くの場合、いきなり襲いかかったりしないで、様子をうかがう。隙を見せないで、俺に触れる前に銛が当たれば、食べられないと思ってくれるかも知れない。サメに真っ正面を向き、銛を構えた状態で後ろ向きに泳いで、岩を背にする。俺の後ろには獲物を持ったYumiがいるから、逃げるわけにはいかない。
 三人乗りのカヌーほどのボリュームで、4mの銛との比較から、体長は4mを超えている。その大きさや体型などから、ホオジロザメと思われる。先ほどハタの血抜きをしたため、匂いに釣られて来たらしい。そして、完全に俺を意識して近づいたり観察したりしている。そして、何度も俺に近づくから、そのたびに銛を突く真似をすると、びくっと反応して反転する。Yumiは、後ろの岩によじ登り水から上がっていたらしい(俺は振り返るゆとりが無い)。
 俺の銛は、手元から2.5m程出ているのだけど、サメはそれが触れそうな距離まで接近したこともあった。生きた心地はしなかったが、こんな時に限って、巨大なカスミアジやロウニンアジが、俺の目の前を横切り、1m程のカスリハタ(ポテトコッド)が、水深8mほどの浅いところまで来ている。サメは、俺が食い物では無いと思ったようで、離れて行ってしまった。
 サメが見えなくなってから、俺はカスリハタが気になって、潜ってしまったのだけど、次の瞬間再び岩陰から俺の頭上に表れた。命と獲物と、どちらが大切なんだと怒られそうなのだが、面目次第もございません(^^ゞ ここは、襲われても不思議の無いタイミングだった。もしも、銛でハタを突いた直後だったら、ハタの悲鳴と血で興奮したサメは、躊躇無く俺を襲ったかもしれない。
 銛で脅しながら岩に後退し、Yumiの安全を確認してから、完全な岩陰に隠れた。こんな銛なんて、サメが本気で俺を襲うつもりなら、何の抵抗にもならないかもしれないが、食べたことのない人間を試しているサメに対しては、意外に抑止力になっていた。
 岩の隙間の浅瀬を通って、カヌーのところにYumiを連れ帰り、K君を探した。彼も浅瀬にいたので、大声で呼び戻す。サメを見たいという彼を説得し、獲物はクーラーボックスに入れて、カヌーで帰ったのであった。