台風

 朝から、雨のはずだった。ところが、なんか晴れてきた。
「晴れてるじゃん!」
そう思っているところに、Mちゃんが宿の当てもなく島に来た旅行者を連れて、地図作りにやってきた。どうやら、その旅行者が強力な『晴れ女』だったらしく、台風さえ寄せ付けずに牧場の台地を散歩して、仕事中の俺の相方も伴って大浦に行き、着衣のまま海に飛び込んでいた。台風の影響で、大浦の湾内も荒れていて、姿勢を保つのに苦労したとか・・・。
 
 俺は、出産したY婦人のお母さんが、竹の子と椎茸の煮込みを作ってくれたお礼に、是非メジナを食べてもらおうと思って、夕方波の高くなった坂本温泉に入った。
 入ろうとしたら、足ひれのかかとを固定するゴムが切れた。一度上がって、留め直す。打ち寄せる波を打ち破って、海に出るのはちょっと苦労した。
 視界が悪い中、カスミアジが猛烈な速さで、逃げていく後ろ姿を見た。小型のボラやブダイが泳いでいた。
 波打ち際に寄りすぎると、危険だし濁りやシャンパンシャワーで何も見えなくなるので、適度な距離を持って獲物を探した。視界は、3mくらいかな? 岩からでて、俺の様子をうかがっていたメジナを、一尾仕留めた。一応、目的は達成された。
 何となく、もう少し泳いでみた。波はどんどん高くなるし、潮流も強くなってきた。行きはよいよい帰りは怖いパターンだ。引き返した。
 海底から温泉が湧き出すところに、2頭の大きなアオウミガメがいた。
 波に揺られながら、岩の隙間のメジナを見ようとしたけど、4mの銛が長すぎて、魚が見える距離まで近づくと、銛先が岩につっかえてしまっていた。透明度が更に下がってしまったし、日が暮れて暗くなってきたのだ。
 海から上がったら、足ひれのゴムは完全に使い物にならなくなっていた。
 
 帰ってシャワーを浴び終わったところで、Mちゃんが旅行者を連れてやってきた。バーベキューに招待してあったのだ。卓上炭火コンロを出して、和牛サーロインステーキとか、上カルビ、上タン、ミノ、ホルモン、豚ロース、せせり・・・。
 俺は、焼き係を買って出た。みんなの食べる速度に合わせ、好みを聞きながら、焼きすぎないように注意して食べてもらった。
 名前もよく知らない人だけど(俺は覚えが悪い)、黒毛和牛の美味しさと、美味しい焼き方を知ってもらい、いつか幸せを感じたときに、その食卓に黒毛和牛を出して、みんなで喜んでもらえたら良いなぁ・・・って思った。
 和牛って、人々が幸せな時に、特に食べられるものだと思う(普段の食事でも、和牛しか使わない人も多いけど・・・)。だから、和牛農家は人々の幸せを願う職業なのだ。