寿太郎

 昨日、段取り通報がきていたから、ことぶきのお産が今日であることは解っていた。でも、朝4時はまだ眠い! 初産だから、一次破水してからも、かなりの時間がかかることは予想できるが、逆子などのトラブルの可能性もある。とりあえず、他の作業をしながら、観察する。逆子ではなかったし、巨大胎児でもない。
 一通り、牛舎の牛達に餌を与え、ポンプのスイッチを入れる為に、一旦家に帰る。ついでに、朝飯も食べた。
 
 再び牛舎に行ったら、前足と鼻先が出たところで、引っかかっていた。助産開始。
 あまり早く助産して引っ張り出してしまうと、まだ生み出す準備が整っていないこともあり、いろいろトラブルがあるから、どのタイミングで引っ張るかについては、いろいろ考えているのだ。でも、明確な答えを持っているわけでもないのだ。
 まずは、出ている前足に産科テープを引っかけ、全身の体重をかけて引っ張ってみた。しばらく頑張ったが、全然出てくる気配がなかった。雄だから、頭がでかいのだ。
 お産用の滑車をセットした。一人で助産することが多い俺には、絶対に必要な道具だ。
 気をつけなければならないのは、一人で八人力出せる器具だから、慎重に使わないと母子の体に負担をかけてしまうこともある。
 片手でゆっくり引いたけど、胎児はスルリと出てきた。足首の太さの割に、大きな子牛だった。名前は、寿太郎(金幸福)。
 ことぶきは、お産後倒れ込むことはなかったけど、子牛には寄りつきもしなかった。数日前に出産したもとつぼくみこは、最初寄りつかなかったけど、俺が離れて遠くから観察してみたら、だんだん近づいてきて、最後には舐めていた。だが、ことぶきは全く興味を示さなかった。乳を与えなくても良いから、最初の舐め取りだけは、親牛にやって欲しいものだ。タオルで拭いても、親が舐めたようには綺麗にならないのだ。時間がかかるし・・・。
 
 さて、問題の久美次郎だけど、3日もまともにミルクを飲んでいないのに、やっぱり飲まなかった。これ以上、この牛だけに時間を取られたら、牧場全体の仕事に支障を来してしまう。今朝は、寿太郎も生まれ、完璧に手が足りなくなったので、ストマックチューブに切り替えて流し込んでしまった。
 口で吸うのと違って、ストマックチューブで流し込むと、唾液が出ないので消化が悪くなるらしい。それでも、ちゃんと育った牛もいるのだから、とりあえず数日間はこのままストマックチューブを使うことにした。やがて、もっと欲しいと思ったときに、吸おうという意欲が生まれてくれるかも知れないし、そのまま全く吸わないかも知れない。