救えなかった命

 牛舎に行くと、宮次郎が脱走していた。
 ロープを持って近づくと、なんとなくとおざかろうとするが、なんとなく首に輪をかけられ、お尻を押すとなんとなく部屋に戻った。よい子だ!

 糞出しをしたり、治療をしたり、ブラッシングしたり…

 部屋を空けるために、ひなたを大牛舎に移動させた。同じ位の日令とは言え、雄三頭の部屋に入ると、ひなたはとても小さかった。

 空いたスペースに、ほ乳ロボットを卒業した春幸次郎をいれた。

 明日、超早期母子分離するために、更に部屋を空けなければならない。
 出産直後の二頭は、小屋下放牧地に移動させ、長期不受胎のかずえとすずこを、黒島崎放牧地に引いて行った。

 夜、突然駆けつけ通報メールが来た。ちょっと様子が変だったふくひめだった。
 10時頃行ってみると、一次破水した後、足胞が丸く見えていた。お腹の子は安福久だった。あまり大きくないだろうと、油断があった。
 その後、なかなか進行せず、12時になっても二次破水しなかった。手を洗って内診したら、蹄も頭も正常な位置に来ていて、逆子では無かった。この時、大きな雄だと気がついた。
 2時前に二次破水して、ようやく前足が見えるようになった。ふくひめは変な位置に倒れ込み、滑車をかけるのもやりにくい状態だった。
 それでも助産用滑車をめいっぱい伸ばして、助産を開始した。だが、引っ張れる角度が悪く、鼻先が陰部の出口に引っかかり、出てこない。
 もう一人、助手がいる!
 そう思って、悪いが従業員さんに電話した。すでに3時頃だったかな?
 だが、ふくひめが体を変えて、胎児の頭が出た。ここからは一気に出さないと、へその緒が切れ圧迫で呼吸が出来なくて、死んでしまう。何年か前に、一度だけそういう経験がある。
 強く引くにつれ、ねじれていく滑車をよりもどしながら、引っ張った。でも、さっき体を変えたため、滑車を引ける距離が短くなっていた。ちょうど胸まで出た所で、引っ張れなくなってしまったのだ。最悪の事態だ。必死に引いたが、一人ではビクともしなかった。大急ぎで、滑車を伸ばして新しい支点に付け替え、ようやく出したけれど、すでに息絶えていた。
 なりふり構わず、人工呼吸と心臓マッサージに入ったが、子牛が鳴き声を上げることは無かった。