命令違反

 テスト当日だ。早く到着した俺は、いつもなら車の中で本を読むのだが、真面目に勉強しなければならないので、教室の鍵を借りに行って、机で勉強した。
 だんだん集まってきた人々も、熱心にテスト勉強をしていた。約40日という時間をかけ、遠方の人は宿泊費をかけて、そうで無い人も仕事を休んで来ているのだから、真剣だ。落ちるわけにはいかないのだ。
 結構高齢の人も受けているので、試験の難易度も高くするわけにいかないはず、という予想はあったが、世の中、思惑通りにいくとは限らない。どんな問題が出ても大丈夫と思えるくらい、みんな勉強してきているようだった。
 テスト問題が配られた。試験時間は、50分だった。終わったら、静かに退室して良かった。幸い、みんな早めに退室出来て、次の試験勉強をすることが出来た。良かった。
 
 うちの牧場の仕事は、二人でやるのにちょうど良いくらい、作業が沢山ある。だからこそ、内地の男性並みに給与も払っても、当然だと思っている。仕事が多すぎるのだ。よくやってくれていると、感謝している。
 この作業を一人でするのは、男の俺でもくじけそうになるだろう。女性である従業員さんが、一人で牧場を守ることの大変さは、俺にはよくわかる。でも、実際に働いてみないと、どれほどの仕事を任されているのか、普通の人には解らないと思う。
 先日、従業員さんが倒れて、手伝いに来てくれた人たちは、その作業量の多さに、『これは、一人で出来る仕事では無い。』と驚いたそうだ。
 台風が接近していたのに、無理して飛行機をチャーターして帰ったのも、その大変さ故。再び体を壊したり、牧場の仕事が麻痺したりしないために、どうしても必要だったからだ。
 その従業員さんと、今、意見の食い違いで困っている。
 島では、『9月踊り』というのがあり、島の女性は全員参加で、連日練習に行かなければならない。俺が居た去年の時でさえ、牧場の仕事を終えた後、子供たちにご飯を食べさせたら、自分が食べる暇が無く、そのまま練習に出かけていて大変だった。
 今年は、俺がまだ帰れないし、倒れたときに手伝いに来てくれていた人たちも、今は誰も居ないのだから、事情を説明して欠席するように!
 これは、業務命令だ。島の行事には、出来るだけ参加してきたが、本業の継続が危ぶまれるようなら、欠席するべきというのが、俺の考え方だ。
 でも、喪中の人が多いから休まないようにといわれた従業員さんは、俺の命令を聞かずに練習に参加している。余所者だから、出席しないと怖いという気持ちは解るのだが、それは俺が帰ってから、頑張って挽回すれば良いのでは無いだろうか?
 従業員さんのことも心配だが、牧場の牛たちも心配だ。すでに、一頭、危ない状態だし・・・。俺が帰っても、溜まりに溜まった外仕事(牧草収穫・種まき・堆肥撒き・敷き藁交換・機械修理)をするから、彼女の仕事は減らない。だから、今倒れられるわけにはいかないのだ。