二月市場 命をかけた出産

 出荷の朝だ。時間には、たっぷりゆとりを持って市場に行った。
 市場番号指定の場所に子牛を繋いだら、自分の子牛にブラッシングをする。今月の子牛達はげりをしていなかったせいか、あまり汚れていなかった。
 競りが始まってみると、意外に伸びが無く、先月より安いと感じた。でも、雄が伸び悩む反面、雌は意外に高かった。早出ししすぎて小さい俺の牛は、意外に良い値がついた(意外に)。

 はぎひらふくという10歳を超える老牛が、今日出産した。
 ベテランではあるが、高齢のためお産の負担は大変だったらしい。途中から立てなくなり、破水後は子牛の足を引っ張って助産したらしい。ところがその後、子宮が裏返って出てくる子宮脱になってしまったそうだ。
 なんで俺が居ないときに限って、こんなことが起こるのだろう。6年位前にサチコという母牛で子宮脱を経験したが、そのときは獣医さんと一緒に、ゴミの着いた子宮を洗い、一升瓶で押し込んだことがある。再び出てくるのを防ぐために、ビニールチューブで陰部を縫い合わせた。その後サチコは回復し、立派な子牛を何頭も生んだ。
 しかし、島には獣医さんが居ないため、そのような治療は期待できようがない。立てないために、子宮を押し込もうにも力が入らないらしい。ちょっと無理だ。彼女が死力を尽くして生んだ子牛の世話をお願いした。 
 子牛の体を拭いて、人工初乳を飲ませ、母牛の前に置いてやる。はぎひらふくは、もはや立てなくなっていたが、子牛のことを一生懸命に舐め、静かに息を引き取ったそうだ。最期に大事を成し遂げ、子牛を舐めている顔は幸せそうだったらしい。お疲れ様。