三度の脱走

 牧場に行くと、犬達がイタリアン畑に居る牛の群を発見して吠えた。恐れていたとおり、隣の牛が子牛まで連れて食べに来ていた。秋に植えて緑の絨毯となったイタリアンライグラスの新芽は、飽食され踏み荒らされていた。
 牧草というのは、勝手に生えてくるのではなく、何日もかけて耕し、何万円分もの種と肥料を撒いて、栽培しているのだ。北海道にいた頃なら、30ヘクタールの面積に生えた牧草は、湯水のように使っても大丈夫だったが、硫黄島では頭数が三倍になったのに、面積は7ヘクタール。冬用牧草畑は50アールしかない。これを食われる辛さは、牛飼いにしか判らないと思う。
 お宅の柵のここが壊れているから、修理してくれと頼んだのに、放置されて3度目の脱走は、経済的損失以上に俺にダメージを与えた。
 電話しても、いつものように出ない。俺の言葉は届かないので、彼の後見人のような立場の人に、実情を説明し改善を要求した。

 柵は他にも壊れている場所があり、世話役の人に促されて修理をしていた。俺に会っても、へらへら笑うだけで、彼は何もいわなかった。世話役の人に3回促されて、ようやく『すいません。』と声が出た。
 こんな騒ぎには関係なく、予定日を12日も遅れて子牛が生まれた。元気な雌だ。同室には、母牛より全然強いモモカがいる。幸い、モモカは自分がエサを食べられれば、不要な弱いものイジメはしない。子牛が寄ってきても、ド突いたりしない。牛舎の空きがないとき、こういう牛は助かるのだ。
 小屋下放牧地の牛が集まる電柱牛舎横は、牛糞が落ちて、雨が降るとドロドロになる。これでは牛を捕まえにくいので、ボブキャットで掬って、堆肥舎に運んだ。綺麗になると、気持ちが良い。