坂本温泉

 問題は、一つずつ解決していかなければならない。
 湾放牧地の、出産予定日を過ぎた牛を探しに、朝牛舎作業後に出かけてみた。すると、まだ柔らかい日射しの中、その牛は立っていた。あたりに子牛の姿は見えず、お腹が凹んでいる様子もなかったので、まだ生まれていないのだろう。そう思って、帰路に着いた。
 すると、あるはずのない場所に、馬糞が落ちていた。
 トレッキング中、ポパイは港方向に行きたがっていたのを思い出す。墓参りしていたおばあさんが、大きな馬が二頭、港に向かったと教えてくれた。
 はたして、港にポパイとソックスが居た。
 俺を見つけて二頭はトコトコやって来て、船に乗って北海道に帰りたいと言った。ホルターを持ってきていなかったので、ポパイの首にロープを引っかけて、一緒に歩いて牧場に帰った。牛と違い、俺が歩く速度に合わせ、すぐ脇をポパイは寄り添って歩いた。だが、暑くてたまらないという彼の声は、ちゃんと聞いてやらないとならない。せめて、日射しを避けられる馬小屋を用意する必要がある。
 脱走した場所を探したら、バラ線が錆びてボロボロになった場所だった。新しいバラ線で、厳重に補修した。

 三ヶ月ぶりに市場が再開されるので、島の牛飼いさんが、大きくなりすぎた子牛を出荷する日だった。トラクターを動かせるのは俺だけなので、トレーラーを引っ張って向かえに行った。
 鼻輪を着け、綺麗なモクシも装着してある。高齢化が進んでいて、牛を扱うのに鼻輪が必需品になりつつあるそうだ。
 港では、家畜運搬用コンテナに、子牛を積み込み、日射しを避けるためのブルーシートを着けてやった。

 そのまま、湾放牧地にトレーラーを引っ張って行った。だが、日射しが強くなった放牧地で、なぜか木陰には牛は居らず、発見することが出来なかった。トレーラーは置いて、発見したらすぐに積み込めるようにした。

 今日も、坂本温泉に行った。べた凪で、鏡のような海だった。外から見たときは、濁りを感じることが出来なかったが、生暖かい温泉水が万遍なく広がっており、透明度は4m程度だった。キビナゴの大きな群が、視界をさえぎった。
 今日は、ガンにも回遊魚を見せてやりたいと思い、着いてくるように言ったのだが、いつの間にか遥か遠くになってしまった。
 透明度が低い時、回遊魚は突然現れる。そして、ねらいを外した瞬間、視界の外から次々と大きな群で現れ、俺をせせら笑って逃げて行く。図鑑でしか見たことのない、大きなカスミアジの色素変異体も居た。
 ガンと合流し、気を取り直したところに、単独のカスミアジが通りかかったので、えらの付け根を狙って・・・。命中!

 急いで帰り、水シャワーを浴びて、仕事に戻る。
 切り草を作ったり、エサをやったり・・・夜牛舎の仕事を終え、もう一度湾放牧地に行く。すると、開けたところに、一人立っていた。
 すかさず、棒の先にロープの輪っかを取り付け、捕獲作戦に入った。俺に懐いている牛ではないが、俺のことは見覚えがあるらしい。だが、ガンや犬達には警戒心を露わにした。ガンは、安全圏まで距離を取ってもらった。
 突然、牛の足下から子牛が飛びだし、一緒に木陰の方に走っていった。
 生まれていたのだ。
 作戦を練り直す。トレーラーを茂みのすぐ側まで運び、すぐに積み込めるようにした。ガンへの警戒心を利用し、ゆっくり俺の方に追ってもらい、立木の中で母牛を捕獲した。その後、立木や棒で、俺に攻撃しようとする気持を削ぎ、後ろのガンが微妙なプレッシャーを与え、子牛共々無事トレーラーに乗せることが出来た。
 一人でやったら、攻撃の矛先は俺に向かい、引っ張る前に突き倒されていたかも知れない。
 子牛は牝で、ガンの名を取り『しゅう』と名付けた。

 昨日のギンガメアジと今日のカスミアジで、地元の人数名と飲み会をすることになった。
 猛烈に急いで切ったので、刺身が分厚くなり過ぎた。刺身は、イソマグロより美味しかった。
 凄く美味しい焼酎を飲ませてもらい、いろいろな話しを聞き、珍しく頭痛無しに酔っぱらってしまった。