鼻輪が外れた日

 牧場の高台までは、2段階の揚水ポンプで集落から汲み上げている。丘の上の給水タンクに、インジケーターが着いており、それを見て空になったら、ポンプのスイッチを入れにいくのだ。
 昨日の夕方も今朝も、インジケーターは水がほぼ満タンと言っていた。だが、牧場の水は出なかった。調べに行ったら、インジケーターを動かしている紐が、からまっていた。

 口蹄疫による市場停止で、県内の畜産農家は牛舎があふれて困っているはずだ。俺も、出荷できない子牛と、先日屠場に行き損なった肥育牛に、4部屋使われて、4ヶ月齢を超えた子牛を、離乳できないでいる。ダブルパンチは、結構キツイ。狭い部屋に押し込むことも可能だが、必ず食い負けてしまう子牛が出来るので、今は出来ない。
 梅雨が明けそうなので、あとちょっとしたら、生後間もない子牛と親牛を、放牧に出せるかも知れない。

 と言っても、これからだって、産まれる子牛もいっぱい居る。それを、外で生ませるのは、俺のやり方とは違う。
 先日、ナナミが外で生まれた。俺が出産に立ち会わなかった牛は、俺のことを警戒する事が多い。ナナミの母は、エサ場にさえやって来なくなった。子牛を守ろうという気持が強く、俺から遠ざけているのだ。何度か連れに行ったが、広い放牧地と深い竹藪に阻まれ、発見することさえ出来なかった。
 今日、その親子を遠くに見つけた。早速、ロープと竿を持って急行し、親の鼻輪と後頭部にロープをかけ、子牛がついてくる速度で、ゆっくり出口に向かって引っ張った。あまり動きたがらない牛だ。
 やっと出たところで、パチッと言う音と共に、鼻輪が外れた。(普通は、壊れない限り外れない)
 この母親は、警戒心が強く、鼻輪のおかげで今まで大人しくしていたのだ。取れたロープは首に残り、垂れ下がった一方はハイラックスに繋いであった。もう一本のロープをかけ、鼻輪を新たに着けようとしたが、既に攻撃態勢を取っている。動きを封じる物は何もなく、牛はどんどん興奮していく。ロープを解いて自由にしてやろうにも、近づくと体当たりをしてくるし、倒されるとタダではすまされない。
 暴れているうちに、ロープが足にからまって、転んでしまった。すかさず鼻をとらえ、鼻輪を取り付けロープをかける。そして、多少抑えが効く状態で、からまったロープを解いてやった。だが、すっかり怒った牛は、ハイラックスに体当たり攻撃をして、牽引用フックにしばってあったロープを外し、子牛と共に飛行場に逃げてしまった。
 雨が降ったら、多少の水たまりがあるから何日かは飲めるが、ロープを引きずり、子牛連れで、深い藪の中・・・。
 どうやって捕まえたらいいのだ?