また、日本縦断

 4時まで熟睡したようだ。ここ最近の中では、一番寝た。布団の中で、ちょっと明るくなり始めるまで待って、おもむろに抜け出し散歩に行った。
 子供の頃に素っ裸で泳いだことのある用水路や服を着替えた墓は、まだ健在だった。ときどき流れてくる水が止まり、子供たちは大喜びで砂を沈殿させる溜の水を汲み出し、魚を捕ったものだ。女子校が出来ていたが、友達の家はギリギリ敷地から外れて残っていた。ウナギや鯉が沢山いた農業排水路は残っていたが、川底は綺麗に整地されていた。他にも、30年前から変わっていない物が、新しくできた物の中から見え隠れしていた。
 朝飯を食べていたら、妹の家族がやって来た。初めて見る姪や甥。姪の絵が、八代からはただ一人選ばれ、九州新幹線のキャンペーンカレンダーに採用されていた。
 見送られて、空港直通バス乗り場まで歩いて行った。空港は、小さいに限る。熊本空港は迷いようがないのだが、羽田ではまたANAからJALへの乗り換えで、直通バスに乗らないとなかなかたどり着けそうにない。仕方なく乗ったのだが、一つ手前の海外用ターミナルで降りてしまい、大いに焦った。空港には時計があまりなく、腕時計が旅に出てしまったっきり帰ってこない俺は、ここでも失敗を犯してしまった。
 チェックインまで時間があまりなかったのだが、カレーを食べるくらいは大丈夫かと思って注文してしまった。食べ始めたら意外に時間がかかり、気がついたら15分前だった。ゲートに走っていったら、場所が違っていた。教えられた場所に言ったら、時間切れで入れないと言われ・・・チェックイン係のところに行って、必死に頼み込む。すると、その女性は着いてくるように言って、走り出した。俺も、荷物を抱えて追いかける。持ち物検査で並んでいる列の先頭に連れて行かれ、他のお客さんに頼んで先にチェックしてもらった。なんか、ニュージーランドに語学留学したとき、同じような目にあった記憶があるが、その頃から全然成長していないと言うことか?
 それからも、走る走る!動く歩道の上を走る。道をふさいでいる人達を係の女性が排除してくれるので、俺は黙って走ればよかった。と言うことで、何とか乗り込むことが出来た\(^O^)/ 汗だくである。
 函館は、雪だった。親父や妹は、ハイラックスで走ると、整備不良で捕まると言うのだが、俺はもう一回車検を通すつもりでいる。速くはないし、コーナーリング性能が良いわけでもないが、突進力に優れ、雪道での信頼感は乗用車の比ではない。八雲のトヨタに寄り、台車に乗り換えて帰路に着く。エンジンの元気が良く、コーナーリング性能もすごく良いのだが、どこに限界があるのか判りにくく、吹雪の中を走るのは冷や冷やものだった。
 ゴロウとカイトは、大歓迎してくれた。いろいろ意義のある旅行だった。御世話になった方々、どうもありがとうございました。