独り言は苦手

 暖気が流れ込み、気温は+7℃まで上昇した。一気に雪解けが進み、氷の上を水が流れていた。
 糞出しをしていても、雪の上に着けた一本の踏み固めた道が溶け、一輪車の重みで陥没した。子牛たちは、パドックに出来た水たまりで跳ねていた。
 元気が出ないとき、子牛の可愛い顔を見るのは、救いになる。

 1日の中で、俺が声を出すのは、『お座り、お手、伏せ、よし。』くらいかな?
 俺は、昔から独り言を言わない。口を動かすのが不器用なので、思考速度に言葉が着いてこないのだ。声に出すと、思考速度が遅くなってしまうのが焦れったい。
 若い頃は、平行して二つ以上のことを考えていることも多く、とうてい言葉にならなかった。事故で脳挫傷になったし、歳をとって思考速度は遅くなったが、相変わらず二つくらいのことを平行して考えることがあり、混沌として言葉にはならないかな?ときどき、声に出して言うと、一つのことに集中して考えられるから良いのかなと思うこともある。
 全然関係のないことを思考しながら作業をしている自分が、あまりに声を出さないことに気がつき、黙って苦笑いしてしまった。子牛の頭を撫でるときも、声をかけられないのだ。

 明日はまた冷え込むらしい。パドックを閉鎖する作業をしていたら、百四郎と光三郎に脱走されてしまった。こいつらが、なかなか捕まらなくて、捕まえても引っ張れなくて、えらい苦労した。パドックを閉鎖した部屋には、帰りたくないらしい。軽く頭痛がするのに、血管が切れそうなるほど力を入れて・・・。それでも声を出さない。
 疲れた。