鈴太郎の恩返し

 台風が接近していて、牛を買いに来ていた人が、初日目でホテルをキャンセルし、帰ってしまったという噂を聞いた。今日の市場は、昨日よりさらに厳しいものになることが予想された。さらに、多恵三郎の脇腹が腫れているのが見つかった。申告したが、価格は当然安くなってしまう。生活できるのか?俺。
 久しぶりの市場だが、顔見知りの何人かの生産者さんが、髪の毛を見なかったら、俺だと判らなかったそうだ。表情が明るくなって、若返って見えたそうだ。自分でもそう思っているのだが、複数の人から言われると嬉しいものだ。
 子牛に水を飲ませ、ブラッシングして綺麗にする。俺が行った時だけなのかも知れないが、俺の牛は市場でとてもリラックスしている。みんな落ち着かないで立っているのに、のんびりと寝そべっている。汚れるから寝ないで欲しいのだが・・・。
 市場が始まった。
 うちの牛よりはるかに血統や増体が良い牛が、信じられない安値で落札されていった。285日令で365kg(すごく増体が良い)の百合茂が、30万円を切ったときは、牛飼いを辞めて帰りたくなった(-_-;)
 うちの牛の番である。
 多恵三郎は、脇腹の腫れがあるので、安かったら持ち帰るつもりでいた。まぁ安かったけど、思いの外、健闘してくれた。
 鈴太郎だ。電光掲示板の値段が、あれ?あれれ?予想をはるかに超えて上がっていった。北平安←安茂勝←美津福という、あまり誉められた血統ではないし、増体もそれほど良くないのに・・・。
 みちるだ。金安平だし、体重280kgしか無かったが、その割りには頑張った。
 なぜなのかよく判らないが、血統や増体だけではないところで、俺の牛を欲しいと思ってくれる肥育屋さんが居るような気がする。そうでなければ、値段の説明がつかないような・・・。
 頑張って、もっと良い牛を作ろう(^O^)/
 捨て子で死にそうだった鈴太郎は、別れ際に思いがけない恩返しをしてくれた。
 人懐っこくて、とても甘えん坊で、思い入れの深い牛だった。安い相場の前で、自信を失いかけていた俺に、『頑張れば、ちゃんとやれるよ。』って励ましてくれた気がして、目頭が熱くなった。達者でな〜!