アキコ卵胞膿腫 脱走牛回収 救えなかった命

心配そうなゴロウ

 昨夜から今日にかけて事件が連発し、俺のキャパを超えつつあった。スケジュールも目一杯で、多少調整しなければならないことも、プレッシャーになっていた。
 
 いつもより早めに牛舎に行き、子牛の部屋を覗いたら、『のぞみ』が動かなかった。駆け寄って触ってみると、かろうじて息はしているが、冷たくなっていた。
 生まれたときからとても大きく、元気に育っていたのだが、ここ数日食が落ちていると感じていた。しかし、忙しさにかまけて気がつかないふりをしていた。エサに乳酸菌製剤をかけてやっていたし、時々駆虫薬も飲ませていた。
 アキコとマユコの受精を朝のうちに頼んであったのだが、受精師さんではなく獣医さんに来てくれるよう電話した。
 のぞみには毛布を掛け、ドライヤーで暖めながら体を擦ってやったら、ちょっと元気になり、顔を持ち上げるようになった。
 獣医さんが来て、抗生物質入りの点滴をしてくれた。
「絶対生かしてください!この子は『のぞみ』なんです。死んでしまったら、望みが無くなってしまう。」
と言ったら
「大丈夫。たぶん寄生虫だと思います。また明日来ます。」
と言っておられた。
 アキコは心配が的中し、卵胞膿腫だった。マユコはまだ早いと言われた。タエは妊娠していた。
 点滴の間、ドライヤーで暖めながら体を擦ってやったら、起き上がろうとするくらい元気が出てきた。37℃しか無かった体温は、37.5℃まで上がった(39℃が子牛の平熱)。
 
 つきっきりになるわけにも行かず、毛布を掛けたまま、他の牛の世話をした。脱走していた妊娠牛の回収に行ったが地面に落としてあるケーブルをまたぎ越せない牛がいて、2回に別けて回収し、ケーブルを戻して雪に埋まった牧柵の方には行けない細工をした。
 膝までありそうな長い長靴が埋まるほどのぬかるみを、ユンボで整地した。成分は、昨年の秋にやった牧草なので、山積みにして後で畑に撒くことにする。
 急斜面を何度も登り押ししたせいか、腰と足が痛くなって疲れていたので(ギックリ腰と、牛に蹴られたせいだった)、ちょっと昼寝をした。
 
 夜牛舎に行ってみたら、のぞみは顔を上げて寝ていた。作業に入る前に、ドライヤーで暖めながらマッサージをしてやった。頭や口が冷たいのが気になり、頭から毛布を掛けて、ドライヤーでさらに暖める。

 仕事がたまっていたので、作業は長時間に及んだ。最後に、暖かい糖蜜液を飲ませてやろうと、哺乳瓶に作って行ってみたところ、頭を横たえて寝ていた。
 急いで近寄ると、既に冷たくなっていた。瞳孔は開き、聴診器でも心音が聞こえない。
 ドライヤーで暖めながら体を擦っても、人工呼吸しても、心臓マッサージしても、のぞみが生き返ることは無かった。