つまらない時間

 3時に起きて、ミルクを120cc作った。なんと、一気に飲み干した。Mikiは、乳ガン手術後の放射線治療に体力をつけるため、夜の授乳は俺の係だ。
 朝は8時にミルクをやったが、80ccしか飲めなかった。
 
 やっぱり、トレドミンが合わなかったようだ。昨日から飲まなくなったので、今朝は快調だ!ボランティアの方のうちに娘を届けるが、ミルクを忘れて・・・。
 
 毎日のエサ・ミルク・水やりの他に、EMボカシを仕込んだり、放牧してある妊娠牛のために、ロールを運んだり・・・。昨夜の大雨で、ため池の水があふれそうになっていた。いつもの急斜面を登れないので、安全な下の方に置いてやった。
「あれ?」
最近姿を見なかったヤスヒメとマユコが、妊娠牛の群に混ざっていた。妊娠牛(経産牛)達は、ササや牧草の新芽を食べてそれなりの体型を維持しているが、腹のできていない育成牛のヤスヒメとマユコは、すっかり痩せていた。
「どうやって連れ戻そうか?」
一人で牛を追うのは困難なのだ。一旦戻って、電気牧柵の電源を落とし、ゲートハンドルが無い場所のケーブルを切り、追いムチを使って優しく追った。ついでに、臨月のメロンも牛舎側に追い戻すことができ、とてもラッキーだった。
 
 いい気分で戻ってきたのだが、Mikiの上司である校長が、健康保険証を取りに来た。
 
 俺は娘が生まれたので、4月の間に2回もMikiの職場に行き、扶養手続きやいろいろな申請をやった。帝王切開や、娘の容態急変、乳ガン手術などが続き、俺自身もうつ病が酷くなっていたので、何度も診断書を取ったり、行ったり来たりしなくて済むように、必要な手続きをちゃんと調べて教えて欲しいとお願いしていたのだが、同じ書類を2回も取らせられたり、病院を転院した直後に、前に入院していた病院の診断書をすぐに持ってくるように言われたりした。
「申請は、本来本人がするものかもしれないが、現在の妻の状態では絶対に無理だ。管理職の人が、きちんと調べて必要なものは早めに言ってくれないと、今の状況では、困ります。」
と言ってあったのだが、5月1日の札幌乳腺外科クリニック入院直後に電話があり、
「保険証に、子供の扶養を書き替えるために、今すぐに持ってきてくれ。」
と電話があったのだ。連休前に必要(つまり翌日)なのだと言うが、冗談ではない。
「そんなことは、もっと前から判っていたことではないか。今頃言われても、どうしようもない。そちらの責任で対処してくれ。」
と答えるしかない。付き添った義弟が保険証を持ち帰ってくれたのが、手術翌日の5月3日で、連休明けの5月8日には、俺は八雲の神経科にかかったので保険証が必要だった。
 4月に娘の扶養手続きをお願いしたときに、すぐに保険証のことを言われていれば、十分な時間的ゆとりを持って対処できたはずだ。
 
 今日は、最初から全部録音させてもらった。
 俺たちのように、権力のない人間がこういう立場の人の暴言や不当な扱いから身を守るために、弁護士から、常に録音するなど、証拠を残すことを勧められていた。相手の承諾が無くても、十分証拠能力があり、不特定多数の人に垂れ流し的に公表するのでなければ、文句をいわれる筋合いはないそうだ。
 録音していたことを話したら
「なんてことをするんだ!あなたの暴言も入っているんだぞ。」
と言う。俺の暴言とはどんなことですかと聞いたら、
「”管理職としてもっと勉強しろ”と、(校長である)自分に向かって言ったではないか!」
それって暴言なのかな?
 
 一般教員を何年も務め、昇任試験に合格する優秀な方である校長や教頭は、部下が、出産や命にかかわる癌のような病気で入院中の場合、配偶者にさまざまな書類上の手続きを、
「自分で調べて本人が行うべきことだ。」
などと言うのだ。
 教員でもない配偶者が、子守や看病に追われ、自分自身の病気と闘いながら、
「どんな手続きがあるか、教えて欲しい。」
とゆとりのない中、2回も学校まで出向いて、当然手続きを熟知しているはずの管理職に尋ねた。手続きがきちんと進むように頼んでもいる。
 ところが管理職は、生まれた赤ん坊の扶養の手続きを月が変わるまで忘れていて、
「電話したときにすぐに、保健証を速達で送っていれば大丈夫だった。」
繰り返しになるが、電話をもらったのは5月1日で、妻は札幌の病院で手術前日の検査など術前準備の真っ最中だった。病院には売店もなく、封筒も切手もそろえようがない。そもそも翌日に癌摘出の手術を控えている部下に、そのような要求をすること自体、どうなんだろう?普通に考えて、電話する?
 娘が生まれて数日後に、出産証明を持って、手続きをお願いしに行ったのに・・・。
 今日わざわざ校長が訪ねてきたのは、
「手続きが間に合わなかったのは、電話した日すぐに保険証を速達で送らなかったから。手続き遅れで不利益を被っても、自分たち管理職の責任ではない。」
「不利益になったお金を、私たちに要求されても、払いませんよ。」
 と言いに来たのだ。
 さらに話しているうちに、Mikiの病気に対して差別発言を繰り返し始めたのだ。
 手続きも一月遅れになった上に、管理職として絶対に言ってはいけない言葉まで連発し始めたので、俺は改めて、
「管理職として、もっと勉強しないとまずいですよ。」
と言わざるを得ない。
 
 言えば角が立ち、嫌がられるのは判っている。しかし、おかしいと思うことがあったら、しっかり声に出して言うヤツがいないと、間違ったことがまかり通る、生き辛い世の中になる。
 俺は、俺の住む町をそんな風にしたくない。俺たちは封建時代に生きているのではなく、民主主義がそれなりに通用するはずの、現代社会で暮らしているのだ。