今頃種を蒔く!

 狙い通り、風が止んで静かな朝だった。俺のような、自然相手の仕事では、こんなチャンスを逃してはいけない! 
 昨日から充電していたフォードに、ステンレスのブロードキャスターを取り付けて、種と肥料を混ぜに行った。今年は、秋の肥料を買っていない。古い水を吸って固まったものを、崩しながら種と混ぜた。あっちこっちに、肥料の在庫ってあるものだ。かき集めて、とりあえずブロードキャスターを種と肥料でいっぱいにした。
 畑に行って,PTOを回し始めたら、異音がする。止めて、確認してみたら、漏斗型の底が抜け、回転部分が下がって、肥料と種がこぼれ出ていた。まだばらまく機能は働いていたので、全部こぼれる前に畑全体を走り回って、種蒔きを終えた。でも、ムラムラだった。
 種袋を持ってきて、あまり種の落ちていないところには、手で蒔いた。これは、けっこう時間がかかった。
 ちゃんと育つか不安だけど、種を蒔かないと、芽は出ないのだ!
 
 午後から、役場の畜産担当の人が来て、まず二月出荷牛の決定をするために、体高と胸囲を測定した。とりあえず、二月は三頭出荷かな? 
 適正出荷するためには、255日令以内出なければならないだけで無く、親が8産以下とか、血統が良い牛とか、いろいろ制約があるのだ。これまで、日令や成長は良いのだけど、血統がいまいちとか、親が10産以上していたとかで、適正出荷牛扱いになっていない。
 今回、血統的にも親の産児数にも問題の無い美幸太郎を、適正出荷しようと思って来た係の人だったが、美幸太郎は下痢を治せなくて、とても小さい牛なのだ。これは出せない!
 14産目の子牛とかいるのだけど、とても成長が良いんだ! 産児数が増えると、親が歳をとって母乳が出なくなるけど、俺ンチは人工哺乳だから関係ないのだ。
 
 子牛登録のための鼻紋を取ったあと、授精報告書に取りかかった。
授精報告書は、種付けする度に書くものなのだが、引き継ぎ作業に難航したため、膨大な量が溜まってしまった。俺も、できる限り進めようと思って、解るところだけは書いたのだけど、ラベルが届いた10月には、ちょうど一人体制だったことも重なり、手に負えない件数が溜まってしまった。
 役場の畜産担当の責任では無いけど、責任を感じて手伝いに来てくれた。凍結精液のラベル一枚一枚に、授精した牛、登録番号、授精月日、生年月日、飼養者の住所氏名、種付けした俺の住所氏名・・・。百枚以上あるのだ。一人でやったら、見ただけで気力が失せてしまう量だけど、助けてくれる人がいると、勇気がわいてくるのだ。
 肩こりから頭痛になりながらも、いくらか前進することが出来た。先は長いけど、踏み出すことが大事なのだ!