救えなかった命

 牛舎に来た黄色31番は、だんだん食事が取れなくなり、水だけを飲んでいた。水状の下痢も止まらず、日に日に衰えていくのが判った。獣医さんも居ない島では、有効な治療も出来ない。
 今朝、風前の灯火のように立っていたが、やがて崩れるように倒れてしまった。こうなっては、点滴しても苦しめるだけだ。
 3月20日が出産予定日なのだが、子供だけでも救えないだろうか?内診してみたら、子牛が確認できた。でも、頚管の穴は、指一本分しか開いていない。頚管を開くホルモン剤を注射して、時間を置いてから手を入れてみたが、頚管はほとんど開いていなかった。だが、子牛は入り口近くまで来ていた。 
 母牛は、まさに息を引き取ろうとしながら、それでもときどき息んで、子牛を生み出そうとしていた。自らの命と引き替えに、新しい命を生み出そうとしている姿に、なんとしてでも子牛は助けたいと思い、努力した。母牛が息を引き取るとき、子牛は激しく動いていた。
 やっと捕まえた足は、後ろ足だった。急いで産科ベルトを引っかけ、滑車を使って引っ張り出した。子牛は、息をしてなかった。逆さ釣りして、胸の部分を押したり叩いたり、心臓マッサージをしたが、息を吹き返すことはなかった。母親が死んだとき、血液から酸素が運ばれなくなって、苦しくて暴れていたのだろう。助けてやれなくて、ゴメン。
 明日は、出荷前日なのに、母牛登録や予防接種、妊娠鑑定、共同機械の引き渡しなど、予定がてんこ盛りで、自分の時間が全く無いので、急いで墓穴を掘った。親子が並んで寝られるよう、深くて大きな穴を、スコップで必死に掘った。
 先日、子宮脱で死んだはぎひらふくは、子牛を残して満足そうな穏やかな顔をしていた。黄色31番は、無念そうな顔だった。母親が子牛を舐めるような形で、埋葬してやった。