久々の神馬に燃え尽きる


 本来なら、数年ぶりに神馬を引き受けた段階で、ポパイに下見をさせに行くべきだった。彼は、静かな放牧地で平和に暮らしていたからだ。だが、牧草を刈り取ってしまった俺は、そんな時間を取ってやれなかった。
 掃除刈りをしていたので、ポパイのたてがみにヤマゴボウの実が絡まっていないは助かった。ハンサムが台無しになるからだ。
 朝牛舎を早くに終わらせ、ポパイに馬装して出発だ。
 ここで一つめの問題が発生した。ゴロウとカイトを、どうやって留守番させるかだ。二人とも、行く気満々だ!
「バイバイ!」
2頭とも、トレッキングに置いていかれたことがないので意外そうだったが、バイバイと言って振り返らず進むことで、諦めてくれたように思えた。でも、カイトは我慢しきれなかったようだ。お隣付近に来たところで、カイトが走ってこちらに向かっているのを発見。
 ポパイを反転させ、追い返す。500kgの馬に追いかけられ、飼い主に怒られたカイトは、スゴスゴ帰って行った。

 神社までの道のりは、今のポパイの健康状態からすると、全然苦にならない。軽速歩で30分ほどかけて、到着した。
 しかし、腹に布きれをグルグル巻きにされ、バッテンに組んだ棒を縛られるのは、とても嫌がった。そこへ、山車がやってきて大音量で
「ワッショイ!ワッショイ!」
と始まったので大変だ!ポパイの引き綱が、縛りにくく解けやすいものだったのも、不幸の一因だ。つなぎ場から放れたポパイは、立象山の階段を登り始めてしまった。追いかけたが、追いつくものでもない。山頂を過ぎた草地で、柴草を食べていたポパイは、追いついた俺を見てなんてこと無くエサをねだった。
 馬は、階段を降りるのは苦手である。沢山の人も、久々のポパイには苦手だ。太鼓の音、笛の音、かけ声・・・。緊張で、汗ビッショリである。
 元もとは、頭のいい馬なので、何でもないと判れば、大人しくなる。汗も引き、前の人が進めば、自分も進む。そのうち、休憩の度に子供たちが集まってくるようになった。こんな大きな動物に触る機会はあまりないので、皮膚や毛の感触、柔らかい唇、優しい目を喜んでくれた。
 お昼の休憩も、俺はポパイのところでカレーを食べた。子供たちが集まったので、ちょっとまたがらせてやった。ポパイは、大人しく乗せていた。

 午後のスタートである。ポパイは慣れたので、とても落ち着いているが、俺はワラジではなく靴で来るべきだった。クッションの効いた靴を履き慣れていると、アスファルトのダイレクトなショックはキツイ。軟弱!
 突然、ポパイがいなないた。競馬の絵が描かれたトラックを見て、すごく興奮している。呼びかけ、匂いを嗅ぎ、切なそうだった。

 行程が進むにつれ、ポパイは飽きてきた。子供たちは、また乗せて欲しいとせがんだが、一人乗せると全員乗りたがるので・・・。
 やっぱり、誰か相棒を頼むべきだったと、後悔する。休めないし、トイレに行けないのだ!ご馳走が用意してあっても、取りに行けない。
 子供たちの中には、それを察して飲み物やお菓子を持ってきてくれる優しい子もいた。
 老人の方に、馬をすごく愛おしく見る人が多いのに気がついた。馬が農業のパートナーだった頃、一緒に苦労したことを思い出すようで、懐かしい目で、『何所の馬だい?』と訪ねてくる人も多かった。

 4時を過ぎたあたりから、ポパイの苛立ちはピークに達してきた。俺の疲れも溜まったところで、帰りたがるポパイを鎮めるのに苦労する。そして、最後の橋の手前で、ポパイのおやつが無くなってしまった。ゴールは目の前であるのを知っているポパイは、早く行きたくて、鎮めるのに困った。

 それでも、終わりはやって来た。解けないようにしっかり結び、汗で重くなったグルグル巻きの布を、苦労して外す。食べ過ぎにならない程度に減らしたエサを、袋ごとやり、俺は急いで着替える。限界に来ていた俺は、木陰で throw up してしまった。

 馬装して、帰るタイミングを計る。御神輿が帰ってきて、みんなが解散したところで、騎乗した。
 すると、ポパイは後ずさりする。焚かれた白樺の皮の煙が怖かったのだ。後がないところで後ずさりしたので、足下が悪いところに行ってしまい、ビックリして立ち上がり、俺を乗せたままひっくり返ってしまった。最後まで、やらかしてくれるぜ!
 こういう時に俺が慌てては、馬をもっとパニックにし、信頼を無くしてしまう。ナイロンザイルのように繊細な(?)神経の持ち主である俺は、何事もなかったように手綱を持って立ち上がらせ、安全な場所に引いていって、騎乗する。
 驚いている人々の前を、素知らぬ顔で通り過ぎ、帰路についた。帰り道も、軽速歩で落ち着いていた。

 ポパイに乗って帰宅した俺を見て驚いた、マムシを食べて精力絶倫のローズは、
「ブォォォ・・・!」
と雄叫びを上げながら、小屋までの坂道を駆け上がっていた。
 ポパイは馬装を解き、ご褒美を上げて放してやる。彼は、勝手に放牧地に帰り、転がって汗を拭いていた。

 牛舎では、シズルが変なところに挟まって動けなくなっているし、2頭部屋に3頭の子牛が入っているし・・・。

 ようやく家に帰るが、また throw up してしまい、晩飯代が浮いた。
 タライのお湯で体をほぐし、ウ〜ウ〜唸りながら寝てしまったのであった。